漆の色 Vol.105~108

「漆黒 (しっこく)」

艶と透明性のある黒い髪を「漆黒の髪」、深い奥行きのある空間を「漆黒の闇」などといいますが、いずれも黒に漆という字があてられています。今回より、漆と色の関係についてご紹介したいと思います。
漆の木を傷つけて樹液として採取されるときの漆は乳白色をしていますが、すぐに酸化をはじめて茶色くなります。ここから塵を除いたものが生漆(きうるし)です。このあと熱を加えて水分を減らす「クロメ」と呼ばれる精製作業の工程の中で、金属を加えて化学反応させたり、顔料を入れることにより黒、朱、白などの漆の色をつくります。黒漆は主にとても細かい鉄粉を漆に加えて化学反応をさせてつくります。
漆器は塗りあがったときが完成ではないと言われます。塗りあがった後も紫外線など自然の影響をうけて漆は長い時間をかけてゆっくりと塗膜が固化して、透明に近づきます。これにより黒、朱、白といった色に奥深さがでてきます。この微妙な自然の変化に、私たちは漆のいとおしさを感じることができます。漆のことを知ることで「漆黒」という言葉の意味がより深くご理解いただけるのではないかと思います。
20071130

「フェラーリの赤」

漆の朱色(赤)は、お正月の屠蘇器などおめでたい色として使われるほか、毎日使う汁椀の内側に朱色があると味噌汁が映えます。漆黒の中に「紅一点」が入ることで、漆器全体が華やかに見えるのが不思議です。
朱は漆に顔料を混ぜてつくられます。「本朱(別名:辰砂(しんしゃ)、硫化第二水銀)」、「ベンガラ(別名:紅柄、酸化第二鉄)」といった鉱物質を採取して粉砕したものが朱の顔料となります。福井県丹生郡(にゅうぐん)は「丹」=「朱」の鉱石が取れるところで昔から有名で、「丹生」には「朱砂(辰砂)が生産されるところ」という意味があり、他にも全国各地に「丹生」という地名や神社、川の名前が残っています。
漆の朱色には、明るい朱から黒味がかった朱までさまざまで、洗朱、本朱、古代朱(吟朱)などの呼び方があり、またその中でも色合いによって赤口、淡口、黄口、中口、濃口、紫口といった細かい分類があります。漆は塗られた後もゆっくりと固化して色合いが変化し、時間の経過とともに顔料の赤がより鮮明になっていきます。
日本語の「赤」は「明かし」が語源、他の言語は「血」に由来するものが多いといわれています。(blood(血)→red(赤))。イタリアが生んだスーパーカー、フェラーリといえば艶のある鮮明な赤ですが、艶やかな漆の本朱をご覧になると、フェラーリの赤を思い起こすというお客さまがいらっしゃいます。景気や時代の変化により好まれる赤にもトレンドがあるようで、最近は少し明るめの赤をお求めになる方が多い気がします。
20071207

「溜は醤油色?」

一般的な漆器の色としては、黒、朱のほかに「溜(ため)」という色があります。黒や朱といった色漆そのものの色ではなく、色漆をつくる際にベースとなる褐色味の強い透明な漆(主に朱合漆)を厚めに塗り仕上げることによって表現する色です。その工程を指して「溜塗(ためぬり)」ともいいます。美しく透明感のある飴色の漆なので、下地に使う漆の色によって見える色合いが異なり、朱溜塗、紅溜塗、黄溜塗と区別されます。 また木の素地を見せた木地溜塗(別名:木地呂<きじろ>~第87回参照)もあります。
お椀の渕や重箱の角など塗りの厚みが薄くなる部分は、その周囲に比べて下地に使う色が浮き出るように見えるため、溜塗らしい美しい透明感が感じられます。
「溜」の名前は、「溜(たま)り醤油の色」に由来するという説があります。溜り醤油は、刺身につけたり照焼きのタレなどに使われる、風味、色ともに濃厚な醤油です。溜塗りの漆器は、日本だけではなく外国の方にも「漆( japan) らしい」と大変人気が高いものですが、その人気は日本が産んだ調味料「醤油」と通じるものがあるのかもしれません。
20071214

「色々な話」

漆器の塗り色としては黒、朱、溜(ため)をご存知の方は多いですが、白漆を塗った製品についてはあまり知られていません。ベースとなる生漆の色が茶色のため、「白漆」といってもベージュ色をしています。全ての色漆は、漆の硬化作用により塗った後もゆっくり変化していきますが、白漆の変化は特に際立っていて、年月ともに温もりのあるミルクティ色へと変化します。器を塗った時期によって製品の色が異なるため、白漆製品はお客さまの細かいご要望にあわせることが難しく、私たち作り手泣かせの色といえます。
白漆については57回~60回ご参照
近年は、顔料の進化等によって、白漆のほかにも黄色、青色、緑色、紫色などカラフルな色が開発され、特に蒔絵や沈金などの加飾技術において豊かな表現が可能になりました。漆に混合する顔料の成分や量によって漆が乾きにくくなったり、耐久性が劣ったりするため、漆の色は「ただ漆に顔料を混ぜればよい」というものではない難しさがあります。化学が発達していない時代、漆の色作りには大変苦労していたようです。
現在当社では、日々の生活に使いやすいアイボリー色など漆では表現できない色について、安心して使える合成塗料を使った器づくりにも取り組んでいます。
(山本泰三)
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