漆器を<使う>イベントを開催 して Vol.285~288

「作り手の思い」

現在、弊社では東京都内の日本料理店において、木製漆塗りの伝統的な漆器を使って、お客様に日本料理を本物の漆器で堪能していただくイベントを開催しています。ライフスタイルの変化や食器洗浄機の普及により、家庭でも飲食店でも漆器を使う機会が少なくなってきた昨今、漆器の作り手として「実際に漆器を使ってそのよさを体感していただく機会」の必要性を感じ、今回のイベントを企画しました。どんなにインターネットが普及しても画像や言葉だけで漆器のすばらしさを伝えることは難しく、やはり実際に使っていただくのが一番という思いです。日本料理店と組んで企画することで、漆器を使った具体的なお料理の盛り付け方など、今後お客様が自分で漆器をお使いいただく上で参考にしていただけるとともに、漆器の作り手としてもお客様へ漆器をご提案する際の参考になります。漆器をご購入されるお客様からいただく「どういうお料理が合いますか」というお問いかけは、私ども作り手が直接お客様に販売させていただく際にとても多いご質問のひとつです。
漆器というとお正月というイメージがありますが、今回のイベントを5月から6月というこれまでの漆器の「シーズンオフ」に開催することで、漆器が「年中使える器」であることアピールすることも狙いの一つです。
一般的に飲食店がご用意される器は、取り扱いのしやすさ、価格などの理由により漆器よりも焼き物が選ばれる傾向にあります。今回イベントを行う日本料理店でも、通常はお吸物用のお椀のみ漆器が使われているということでした。そこで、当社が保有している様々な形状の漆器を2ヶ月間限定でお貸し出しすることで、お店にとってもお料理の新たなシーンをご提案できるメリットがあるということで、今回のイベントが実現しました。
20110513

「原点はユーザー視点」

「漆器を<使う>」今回のイベントは、漆器を使って料理を盛り付ける「料理人」と、漆器に盛り付けられた料理を味わう「お客様」という2つの視点から漆器についての様々なご意見をいただくことを目的とした取り組みです。近年、ブログやツイッターなど新たなコミュニケーションツールの普及によりモノに対するユーザー評価の伝達スピードが極めて速まる中、良いモノづくり(=売れるモノづくり)のためにはあらためて「ユーザー視点」というモノづくりの原点に戻ることが強く求められています。産地メーカーである当社では、こうしたことを背景に今回のイベントが今後の商品開発や販売促進につながる有効な機会となるよう、ご用意する漆器もさまざまな観点から厳選することにしました。当社が最終的にご用意したのは、素材や製造方法が異なる以下の3点です。

・ 伝統木工技術による漆塗り木製漆器「八十椀(はちじゅうわん)」
・ 最新木工技術による漆塗り木製スプーン「葉風(はふう)」
・ 素地・塗料とも合成素材による重箱「ホワイトシリーズ」と「豆の箸置き」

「八十椀」とは蓋つきの「飯椀」、「汁椀」、「平椀」、「坪椀」をセットで使用するときの総称で一般的にはお祝い時などにお膳の上で使われます。それぞれ蓋もお皿として使用でき、合計8つの器から構成されていることが語源です。畳の上でお膳を使う機会が少なくなった現在、「八十椀」としてはほとんど知られなくなりましたが、シンプルでバランスのとれた美しい形状で伝統の漆器づくリの技がぎゅっと凝縮されているお椀のセットを料理人に自由な組み合わせで使っていただくことにしました。また、最新の木工技術で完成した漆塗り木製スプーン「葉風」については、お客様にこれまでに無い「口当たりのよさ」と「持ちやすいデザイン」を試していただき、当社の人気製品「ホワイトシリーズ」「豆の箸置き」については、(合成素材で価格的には安いものの)パッと見たときの「ほどよい斬新さ」「かわいらしさ」が高級日本料理店でどのように映えるかを試したいという思いでご用意しました。
20110520

「<懐かしさ>をご提供する」

今回のイベントを通じて伝統的な本漆塗りの漆器にお料理を盛り付けてみたプロの料理人に感想を聞くと、最初に出てきた言葉が「どんな料理でも、驚くほど合わせやすい」という言葉でした。漆黒の器は食卓のお料理を引き立てる効果があるということは昔から言われてきましたが、プロの料理人からのご意見はその効果が事実であることを証明してくれました。
また、実際に漆器で食事を召し上がられたお客様からは、本物の漆器を手にしたときや口に触れたときに「とても懐かしい感覚になった」「久しぶりに漆器をそろえたくなった」という感想を多くいただきました。特に比較的高齢の方から大好評でした。さらに、常連のお客様からは漆黒の器の上に盛り付けられた金目鯛の料理を見て「いつもの金目鯛が別ものになった!」とあまりの美しい組み合わせに驚嘆の声が上がったとのことです。
新しいもの、便利なものを追求している現代社会において、「懐かしい」という感覚は、時々新鮮で豊かな気持ちになります。また「本物の器が料理を引き立てる」という感覚も、食器洗浄機や電子レンジ対応のお手ごろな器が普及している昨今では、いつの間にか忘れてしまっている豊かな感覚かもしれません。これからの時代に作り手として積極的な漆器の使用をおすすめすることによって、日本人が失いつつある「豊かな気持ち」を取り戻すお手伝いができれば、と考えています。
20110527

「大切な演出」

お客様に実際に漆器を使っていただいてご意見をお伺いし、今後のものづくりに活かすことを目的としたイベントでは、「演出」がその成果を左右します。演出によってお客様が期待する「漆器に似合った雰囲気」に近づくことができれば、お客様は自然に「漆器を使ってみたら自分でも欲しくなった」という気持ちになり、「こんな漆器ならもっと欲しい」と様々なご意見をいただけます。逆に、研修所の教室のような部屋で会議机の上に漆器をならべて試食会をしても、器の価値をまったく感じられず、お客様からのご意見もなんとなく「いいですね~」で終わってしまいます。演出の工夫によって雰囲気、器、お料理がそれぞれお互いに引き立てあうことで、お客様は豊かな気持ちに包まれながら「自分でもこういう雰囲気で使ってみたい」という具体的なイメージを膨らませることができるからだと思います。世の中には様々な製品がありますが、ストーリー性があり日本人が永年大切にしてきた文化である「漆器」は、特に見せ方次第で価値の感じ方が変わりやすい製品であると感じています。
今回イベントを開催した日本料理店では、「雰囲気」を演出するためにフラワーアーティストによって季節の花を飾り付けた様々な漆器を店内のいたるところに展示し、漆器の新たな活用方法の一例としてご紹介しました。漆器の作り手としては「漆器はお正月以外にも使える」という印象をお客様に持っていただければという期待もあります。今回のイベントを通じていただいたお客様からの貴重なご意見をもとに、これからの漆器づくりに大いに役立てていきたいと思います。
(山本泰三)
20110603