研ぎ Vol.93~96

「研ぎの仕事」

今回から、漆を塗り重ねていく工程で欠かすことができない「研ぎ(とぎ)」についてご紹介したいと思います。
「研ぐ」というと、一般的には刃物を砥石でこすってよく切れるようにしたり、米を水の中でこすり洗いすることなど、表面を滑らかにするイメージがあります。漆を塗り重ねるときの「研ぎ」は、一度塗りあがった光沢のある漆塗りの表面を研ぎにより細かな溝を作り、次の塗りの漆が入り込みやすくすることをさします。これによって、次の塗りとの接着具合がよくなります。研ぐ作業を行わないで、ただ漆を塗り重ねただけでは漆が剥げやすくなり、強度が大きく低下します。
産地における研ぎの仕事は、お椀等の丸物については専門の職人が回転機械で行い、重箱やお盆などの角物については角物の下地や中塗り職人宅で女性が手作業で行っていることが多いのが特長です。研ぎは、完成品からは目に見えない地味な工程ですが、完成度の高い丈夫な漆器をつくる上で大変重要な作業となります。

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「丸物の研ぎ」

前回は「研ぎ(とぎ)」の重要性についてご説明しましたが、同じ漆器でも丸物(お椀などの丸い器)と角物(重箱やお盆など板からつくる器)では研ぎ方が異なります。丸物については専門の職人が回転機械(ロクロ)で行います。その際、丸物の大きさにあわせた形の「型」をロクロに取り付けて、その上に丸物を被せて安定させてから研ぐので、職人の仕事場には様々な形の「型」があります。
研ぎ方は、丸物の表面を水で濡らし、ロクロを回転させながら耐水のサンドペーパーをあてて研いでいきます。研ぐ前の塗りの段階や塗られている塗料の違いによって、サンドペーパーの粗さ(種類)が異なります。たとえば、中塗りの研ぎのサンドペーパーは漆塗りの場合は600番、合成塗料の場合は400番といったような違いです。次に塗る塗料との相性などにより使い分けています。
丸物の研ぎは機械を使って研ぐので、すべて手で行う角物よりは少ない労力でできますが、うっかり素地が見えるまで研いでしまうと一から下地、中塗りという段階をやり直すことになるので、職人としての経験が求められる作業になります。

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「角物の研ぎ」

前回はお椀など丸い器(丸物)の研ぎ作業についてご紹介しましたが、今回は角物(重箱やお盆など板からつくる器)の作業についてご紹介します。主に回転機械を使う丸物に比べて、角物はすべて手作業で行っています。回転機械や「型」などを必要としないので、角物の下地工程や中塗り工程を行う職人宅で、職人の奥さんなど家族が協力して研ぎ作業をしているところが多くみられます。
角物の研ぎの場合、アテゴム(写真参照)にサンドペーパーを挟み、器の表面を水で濡らして研いでいきます。アテゴムやサンドペーパーがなかった時代は、かわりに砥石や炭を使っていました。砥ぎの作業は水を使いながら繰り返し行うので、薄くなった指の皮膚がこすれて怪我をしないよう指サックなどをつけて保護します。角物の研ぎは単純な作業ですが、特に冬場は手が荒れやすく、また根気を必要とする作業といえます。

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「研ぎ方と価格の関係」

これまでご紹介した丸物や角物の研ぎ方は、弊社内など産地の中で一つ一つ手作業で行われているものですが、樹脂などの成型品を「大量生産」する大きなメーカーでは工業機械を使った研ぎ方が行われています。ドラム缶のようなケースの中に小さな石粒状の硬いものを入れて、その中に小物などの製品を入れて回転させながら研ぐ「バレル研ぎ」、エアガンのようなもので砂状の硬いものを製品に吹き付けて研ぐ「サンドブラスト研ぎ」などです。また、「バフ研ぎ」は布などの材料で作られた研磨輪(バフ)の周囲(表面)に研ぎ粉を付けて回転させて研ぐ方法で、角物などで使われることがあります。このように、器物の形や材質、生産スピード、コストなどを考慮にいれながら研ぎ方が選択されます。
20070928漆器の生産地と器物の関係をみると、石川県の山中塗りは丸物、福井県の越前塗りは角物の生産が多い傾向にあります。これに比例して、研ぎを行う職人の数も産地や器物によって異なり、コスト面でも産地によって幅があります。「研ぐ工程」は製品上、全く目に見えない部分ですが、器の素材により研ぎ方が異なることが、素材によって異なる器の価格の違いに少なからず影響しているといってよいでしょう。(山本泰三)