最近はプラスチックなど合成樹脂を素材とした漆器が多くでまわっていますが、伝統的な漆器の素材はもちろん天然木です。天然木素材の漆器は合成樹脂素材よりも軽く、熱が伝わりにくいため熱い汁物をいれても持ちやすく保温力があります。漆との相性もよく、塗り重ねるほどさらに丈夫な器になります。傷んでも修理ができる点も木製漆器の特徴です。
漆器に使う天然木はお椀、お箸、重箱、折敷など形状、用途、価格等によって木の種類が使い分けられています。共通していることは、加工した後に温度や湿度の変化に対して変形が少ない木が使われている点です。
お椀に使う木としては、ミズメザクラ、トチ、ケヤキが代表的です。なかでも「変形が少ない」のはミズメザクラで、次ぎがケヤキ、トチの順になり、価格もミズメザクラが一番高くなります。ケヤキの長所は「木目が美しいこと」で、拭き漆仕上げなど木目を出す仕上げにむいています。トチの長所は比較的「安くて軽いこと」で、軽さを求める大きめの器にむいています。軽いという半面、欠けたり、へこんだりする可能性が高まります。変形が少なく丈夫なミズメザクラは薄く木地をひくことで軽さを実現することができます。
ミズメザクラやトチは山奥で生育したものが多く、ケヤキは比較的人里近くで育ちます。木目が粗いと変形しやすいことから50年以上生育した年輪が細かい木が使われます。なおミズメザクラは「水目」桜と書きますが、カバノキ属の 落葉広葉樹で一般的な桜のようなサクラ属ではありません。漆器産地では「ハンサ」と呼ぶこともあります。
他にも栗や松、杉を使ったお椀もありますが、特に高い加工技術が必要で、作家の方などが1点もので製作するような 素材といえます。
毎日の食事で使うお箸にはさまざまな素材が使われています。今回は「塗り箸」の素材ついてご紹介したいと思います。
50年ぐらい前まで日本人が使用してきた塗り箸の素材としては耐久性にも優れた竹が中心でしたが、その後はより硬くて 丈夫で反りなどの変形が少なく、価格的にも安い材料が海外から輸入されるようになり、現在の塗り箸市場では輸入材が多く 使われています。 代表的なのはパプアニューギニアから輸入される硬くて重い「マラス」と呼ばれる木材です。フォークリフトの パレット用に使われるほどの強い木で、原木のまま輸入して日本の工場で箸の形にカットして塗り箸の素材に使います。
マラスより少し価格が高く、同様に強度もある材料が「鉄木(てつぼく)」です。その名のとおり鉄のように幹が硬い木という ことでお箸の素材としてよく使われます。鉄木は東南アジアを中心に生育している樹木です。なおマラスや鉄木より価格が 10倍以上する縞黒檀(しまこくたん)などの「唐木(からき)」が塗り箸に使われることもあります。この場合は美しい素地の 木目を生かすような塗りが施されます。
木のお箸は原木の状態からまず板にしてさらに細い箸の形にカットして素地をつくります。「板」という字が「木が反る」と 書くように、木を素材とした薄いもの、細いものは「反り」が最大の課題になります。反りは木の年輪と関係があり、成育した 場所の環境変化が大きい木ほど年輪がはっきりして反りの可能性が高いといわれています。塗り箸に関しては、四季のある日本 の樹木よりも気温が安定している東南アジアの樹木のほうが反りの可能性が低い分、お箸に適した素材といえるようです。
産地ではお椀など木をくりぬいてつくる製品を「丸物」と呼ぶのに対して、重箱やお盆、マットのように平らな 「板」を素材にした漆器を「角物(もしくは板物)」と呼んでいます。昔から「角物」に使われる天然木は 「カツラ(桂)」「ホウ(朴)」「イチョウ(銀杏)」が中心でしたが、最近では輸入材の「米ヒバ」が多く使われています。それぞれ、 フシが少ないことや耐水性があること、しなりや粘りがあり曲げて作る形状にも適していること、カンナや ペーパー掛けなどの加工がしやすいこと、加工したあとの狂いや反りが少ないことなどの条件を満たしている 木材が選ばれています。光沢ある黒や朱などの伝統的な漆塗り仕上げの漆器において素地の木目は隠れてしまう ことから、「木目がきれいなこと」という条件は必要ありません。漆器づくりの観点では、最終的な価格も想定 しながら必要な要素がそろった素材を選んで使う必要があります。
「米ヒバ」は価格面で安く、素材面でも漆器に適している材料ですが、「輸入材である」という点で、素地まで 国産材にこだわるお客様には受け入れられないところがあるかもしれません。しかし、角物用の木材は最低100年 以上の樹齢のものがよいといわれるなかで、限られた国産の材料だけにしぼって漆器づくりに取り組むことは、 価格設定や品質維持の観点での課題がでてしまいます。価格と品質のバランスが重視される今の時代ニーズにあった 漆器づくりをするためには、作り手として「輸入材」のメリットも十分に活かすとともに、お客様に対してしっかりと 「価値」としてご提示しながら製品化していくことが重要であると考えています。
天然木をくり抜いてお椀などの丸物を製作したり、1枚板にして重箱やお盆などの角物を製作するほかに、「木を原料にした新素材」による漆器づくりも行なわれます。木を原料にしていることで、本漆との相性が よく天然木同様の工程で漆塗り仕上げができる素材です。
「合板(ごうはん)」は、繊維方向が90度違う薄い板を重ねあわせて圧縮接着してつくった板で、国内ではベニア板などの呼び方で知られています。漆器業界ではシナノキを原料にした「シナ合板」が多く使われ ています。繊維方向が異なる板を重ねることで、板特有の「反り」が発生しにくいことが合板の最大のメリットです。40年ほど前まで漆器業界では合板を使わずに一枚板による「反り」の修正に時間をかけていま した。木地を乾燥させて、反ったらカンナで平らになるように削り、また反ったら削り、その繰り返し作業 をしていたようですが、合板の導入により木地づくりの作業において反りを修正する手間が極端に省けるよ うになりました。合板を素地として使う漆器の種類は主に重箱の底板、フタ板、お盆、お膳などに使われます。ただし、小口(合板の側面のカット部分)が粗くなるため漆を綺麗に塗る事が難しいため、小口が 表に出ないような使い方をします。たとえば重箱の場合、底板に合板を使い、側面には一枚板を使うようにします。
「中質繊維板(ちゅうしつせんいばん)」は、おがくずなどの木材チップ(木質繊維)を原料に接着材を 混ぜて板状に圧縮成型した素材です。MDF(medium density fiberboard)という略称で呼ばれることもあります。 メリットとしては反りが発生せず、本漆塗りができる素材として「最も安価」な点ですが、接着剤による成型品のため 水に弱いことや天然木や合板に比べて重いというデメリットがあります。漆器の素材として使用する場合は、水を使う食器には使用せず、文庫やフォトフレームなど水を使わない用途の漆器に使われます。
漆器産地では、用途や製品価格にあわせて漆器の素材に使う木を選びながら使用しています。
(山本泰三)