漆の精製 Vol.233~236

「ナヤシとクロメと色作り」

お客様がお椀や重箱などの完成品で目にする鮮やかな漆は、「塗料」として塗ることができるように加工された漆です。 漆の木から採取されたばかりの「樹液の漆」は「原料生漆(きうるし)」と呼ばれ、採取の際に樹の皮や木屑などのゴミ などが混入し、水分が多く含まれていたり成分も均一でないためこのままの状態では「塗料」としては使用しません。 「原料生漆」を精製加工することにより、「精製生漆」「精製透漆(すきうるし)」「精製黒漆」と分類されて「塗料の 漆」としてはじめて使用されます。
「精製生漆」は原料生漆(きうるし)からゴミなどを取り除いた状態のことで、塗り工程における下地や拭き漆仕上げの 際に使用します。拭き漆仕上げとは木目などを表現として生かすために、精製生漆を塗っては拭き取る作業を繰り返す仕 上げのことです。 「精製透漆(すきうるし)」は原料生漆に対してナヤシとクロメと呼ばれる加工を行ったうえで、ゴミやチリを取り除い たものです。ナヤシは漆の液体をかきまぜて漆の成分を均一にする作業のことです。クロメはナヤシのあとに漆の液体を 加熱して40度前後に保ちながら少しずつ水分を蒸発させる作業のことをいいます。
「精製黒漆」は原料生漆に対してナヤシとクロメの作業の際に鉄粉(または水酸化鉄)を混ぜて、漆の成分と鉄イオンの 化学反応によって黒色に変化させたものです。クロメのあとにゴミやチリを取り除きます。黒色以外の色(朱、白漆など) の漆は「精製透漆」に顔料を入れて作ります。このように漆の色は原料生漆の段階では1色(茶褐色)ですが、精製加工を 通じて様々な色が作られていることになります。
「精製透漆」と「精製黒漆」は、さらに油分を加えて上塗り用としたり、油分を加えないで上塗りの後に磨いて仕上げる 研磨用などに分類されます。「樹液の漆」は、その用途や仕上げ方にあわせた精製加工により、さまざまな「塗料の漆」 に変化するのです。
20100514

「うるしの里・福井と漆の精製」

越前漆器の産地・福井県は日本の漆文化の源流と言われています。福井は年間を通して雨や雪が多いため湿度が高く、 四季の変化が大きく土が豊かに肥えるため、漆の木の成長に最も適した土地でした。おのずと良質の漆の産地として 多くの漆掻き職人が育ち、同時に漆掻きの技術や道具など様々な漆生産のノウハウが生み出されました。漆の木から 樹液「原料生漆」をとる漆掻き職人の誕生の地とも言われ、日光東照宮建立の折には徳川幕府から大量の生漆生産が 越前の国に命じられたという史実が残されています。
明治時代末期の最盛期には全国の漆掻き職人の半数以上を越前が占め、千人を超える漆掻き職人が越前から全国へと 出稼ぎにいったようです。
漆掻き職人が採取した「原料生漆」は、昔も今も変わらず「ナヤシ」「クロメ」といった精製作業によって塗料とし て使用できる漆になります。今のように機械や電気がない時代にはすべて職人の手作業によって経験と感覚を頼りに 作業が行われていました。攪拌(かくはん)しながら一定の温度を加えて水分をとばすといった精製作業には、夏場 は天日、それ以外は炭火の熱を利用し、桶に入れた生漆を櫂で攪拌して水分を蒸発させていました。 越前漆器の産地内にある「うるしの里会館」には、当時の精製に使われた道具が大切に保管、展示されています。
20100521

「海外に依存している原料生漆」

20100528_120100528_2漆の樹液(原料生漆)は1本の漆の樹から約200mlしか採れないこと、植え付けてから樹液を採取できる状態に なるまでに10年以上の歳月が必要なことから、漆は大変貴重な塗料といえます。日本で漆の消費量がピーク (現在の20倍以上)をむかえた大正時代から戦前にかけて、原料生漆はコストが安く採取量が豊富な中国など 海外から輸入する動きが盛んになりました。当時、日本の漆問屋が日本の漆の木を植え付けるために中国に渡 ったという説もあります。大正時代から今日に至るまで日本における原料生漆の海外依存度は実に95%以上と いう状態が続いています。海外から原料生漆を輸入して日本で漆を精製する仕組みが一般的になった現在では、明治時代に最盛期を迎えた福井の漆掻き職人もいなくなり、全国的にみても漆掻き職人の数は大変少なくなっています。
原料生漆から塗料としての漆へ精製していく工程は基本的には日本原産でも中国原産でも同じですが、漆の木 が生育する土地や気候の影響をうけて樹液の中の成分(ウルシオール)の含有量などが異なります。このこと によって塗料として使う段階になると漆の乾燥(硬化)に必要な湿度や温度が異なり、また艶の高さや塗膜の 厚さも違うため、職人の仕事にも影響します。普段中国原産の漆を使っている職人がいきなり同じ工程の中で 高級な日本原産の漆を使っても慣れずにうまく仕上げることができないということもあります。
漆器産地では、国産漆と中国原産の漆の違いを踏まえて、用途に応じて使い分けることをしています。たとえ ば国産漆は艶が高く、塗膜が薄く仕上がる特性があるため、磨いてツヤを出す呂色仕上げや蒔絵用に使用します。 また、原料生漆を精製する漆店では、日本原産でも中国原産の漆でもその用途や職人の要望に合うよう精製する 工夫をしています。

「新たな精製技術が生み出す漆の可能性」

昔から漆の精製は、原料生漆をかき混ぜて成分を均一にし、熱を加えて水分を蒸発させる方法(ナヤシとクロメ) で行なわれていますが、近年新しい精製方法が開発され、漆の新たな可能性が生まれてきました。
「三本ロールミル製法」は回転する3本のロールに原料生漆を流し込み、熱を加えずこするようにして精製する 方法で、通常の漆より粒子が細かくなります。漆の硬化(乾燥)には漆に含まれている酵素(ラッカーゼ)の働きが 重要になりますが、従来の精製と異なり熱を加えないため、酵素がより多く活性化し、従来の漆よりも乾燥が速く 、乾燥した後は硬く丈夫になり、また熱や変色にも強いという特性をもった漆になります。
この製法で完成した漆は一般的に「MR漆」という名前で呼ばれ、近年産地でも普及が進んでいます。食器洗浄乾燥 機での使用や金属塗装への活用など、従来の精製による漆の強度では実現できなかった利用方法への可能性も生まれ、 漆器業界では「現代のライフスタイルに対応する漆」として注目し、さまざまなトライアルが行われています。 仕上げ用の漆という用途だけでなく、乾燥しやすいMR漆の特長を踏まえて、従来の漆と混ぜて使うなど独自の工夫を している職人もいるようです。
こうしてみると全てに優れたスーパー漆という印象をうけますが、一方で課題もあり、乾燥スピードや塗膜の厚さの違い から使用に慣れていない職人は失敗も多く、使いこなせるようになるまで十分な経験やノウハウが必要になること、 「従来の漆より丈夫」とはいっても天然の漆であることは変わらないため、使用方法についてお客様に誤解を与えない よう製品化した後も留意する必要があります。
なお、塗料として購入する場合、MR漆の価格は従来の精製方法でつくった中国原産の漆(市場で使われている漆の 95%以上)より高く、日本国産漆より安いのが現状です。私たちつくり手としては、「どの漆がよいか、悪いか」では なく、それぞれの特性を踏まえて、用途に応じて使い分けること、そのことによってお客様からみて使いやすい漆器を ご提供することが大切であると考えています。
(山本泰三)
20100604