お正月のおせち料理というと、形式的、儀式的に漆塗りの重箱に盛り付けるものというイメージがありますが、 お料理を保存するための冷蔵庫や(お正月でも食材を購入できる)スーパー、コンビニがなかった時代には、 おせち料理を数日間、漆塗りの重箱の中にいれて保管することは大変重要な意味がありました。漆塗りの器に 入れたお料理は他の器に比べて腐りにくいということが古くから言い伝えられてきたからです。他にも、
・ 漆桶にいれた水は腐らずいつまでも飲める
・ 漆を塗った花器に生けた花は長持ちする
といった言い伝えもあります。こうした現象の要因は、塗ってある漆に強力な抗菌作用があるためということで 近年さまざまな抗菌試験が行なわれ、データによる科学的な見地から様々な言い伝えが真実であることが実証さ れてきました。
これから夏にむけて食中毒などを心配する季節になりますが、100%天然である漆の抗菌作用はぜひとも注目 すべき点です。次回から具体的な検査結果などについてご紹介したいと思います。
漆の抗菌作用を検証する取り組みは、各漆器産地に近い工業技術センターや大学などで様々な角度から行われ、いずれも高い漆の抗菌性を示す結果が発表されています。
越前漆器の産地・福井県では福井県工業技術センターにて渡辺暢子氏らによる黄色ブドウ球菌に対する実験が行われ、漆を塗って1ヶ月後と1年後の塗膜双方に同レベルの抗菌効果があることが発表されています。漆器を使い続けても抗菌効果が失われないことは、漆器を使う立場ではとても魅力となるポイントです。
京漆器の産地である京都府では「これからの京漆器を考える会(京都工芸漆器協同組合内)」により、漆(塗料塗膜)を塗ったプラスチックの表面上に大腸菌やMRSA、サルモネラ、腸炎ビブリオを放置する実験が行われ、4時間後には菌が半減し、24時間後にはゼロになるというデータが示されました。また漆を塗ったプレートを入れた生理食塩水と、単なる生理食塩水の両方に菌液(O-157など)を入れると、1日後に前者は完全に菌がなくなり、後者は大量の菌が残っていたという結果を発表しています。他に、輪島や山中などの産地をもつ石川県では金沢工業大学にて小川俊夫教授により同様の比較実験が行われ、こちらでも漆の高い抗菌性について証明されています。
浄法寺塗で有名な岩手県では岩手県工業技術センターにて中国産漆と国産漆の抗菌性の差や塗り方による効果の違いについて検証し、中国産、日本国産のいずれも高い抗菌性が認められたこと、塗り方によって抗菌作用が変わることはないことが発表されました。(岩手県工業技術センター研究報告第16号 2009年)
一般的に「抗菌」というと化学薬品や添加物によるものというイメージですが、天然100%の漆が抗菌素材であることはあまり知られていない事実です。これからの時代に漆器を多くの方に永く使っていただくためにも、「漆器は極めて安全な天然抗菌作用のある器」であることをつくり手として積極的にPRしていくことが大切だと考えています。
参考文献:漆とジャパン(三田村有純 著)
近年、漆の抗菌作用が科学的に証明されたことで
・ 小さなお子様が使う育児用の食器
・ 体が弱いお年寄りの介護用の食器
・ 学校や病院などで使う食器
として積極的に漆器を活用していこうという取り組みが漆器産地のある市町村など一部ではじまっています。 しかしながら、天然漆を施した漆器は「職人による手づくり製品」であるゆえに、導入コストや食器洗浄機へ の対応などの課題があり、なかなか全国的には普及がすすんでいない状況です。実際に消費地の漆器売り場で お客様に抗菌作用のお話をすると、「漆器に抗菌作用があるとは全く知らなかった」、「昔からお節料理が漆 塗りの重箱に保存されていた理由がやっとわかった」というお声をいただきます。「漆器は極めて安全な天然 抗菌作用のある器」であることを一人でも多くの方にご理解いただき、教育や介護の現場に近い方々の意識を 高めていくこと、そして現場の声を管轄する行政などに伝えていくことが必要です。現在、作り手である私た ちもさまざまな角度から情報発信を続ける努力をしています。
漆は、その強力な抗菌作用によって「他の生き物にエネルギーを与えるもの」という見方ができます。これまでご紹介したように 私たちは漆の器で安心して毎日の食事をいただくことができます。また漆塗りの花器を使用すると水が腐りにくくなり生けた花が 長生きするといわれています。
漆を主成分にした「干漆(かんしつ)」と呼ばれる漢方薬は、寄生虫による腹痛などに使用され毒消しの作用があるほか、筋骨を 強め、髄脳を良くし、五臓を安定させる効能があります。
古来人々は、漆には特別な力があるとされ魔除けとして重宝してきました。漆器にいれた食べ物や水が腐りにくかったり、木の樹 液に触ると酷くかぶれるというった漆の性質に対して、「邪悪なものを寄せ付けない力がある」と考えたからだと思われます。 「抗菌作用」も「かぶれ」も漆の主成分である「ウルシオール」の作用であることが科学的に実証されてきた現在、「長生きする ための漆」として様々な分野で漆を活用していくことが期待されます。
(山本泰三)