作業机「定盤」 Vol.261~264

「バンは骨董品?」

先日、ある骨董品のお店を訪問したところ、私が漆器の仕事をしていると知った店主が奥のほうから幅が40センチ、 高さ20センチほどの木の机を出してきました。様々な色の漆が不規則に垂れたり、汚れか落書きのように不揃いな 模様で漆が固まって付着しているその小机は、塗りの職人や蒔絵職人が日々使用する作業台「定盤(じょうばん)」 でした。店主によると、どこの産地のどういう職人が使っていたかまでは、わからないとのことでしたが、職人の大切 な道具がアンティーク市場に流通していることを知り、近年の漆器需要の低迷により職人がどんどん辞めている現状 を垣間見る気持ちになりました。
「定盤」は、産地の職人によって「バン」とか「まないた」などと呼ばれています。定盤の上では職人が漆を調合 したり、下地を調整したり、ヘラを削るなど様々な作業が行なわれます。漆は空気中の水分と合成して固まる(乾く) 性質があり、作業のために定盤の上に広げた漆はそのまま置いておくと固まってしまうため、固まる前に作業を終わ らせて拭き取る必要があります。漆をのせては拭き取る作業が日々繰り返される定盤の上は、(前回まで紹介した) 拭き漆を数えきれないほど行った状態になり、言い換えると「貴重な漆が数えきれないほど塗り重ねられた机」とも いえます。骨董品という価値があるかはわかりませんが、小机の価値を聞きたいという店主に対して私は「これはい ろいろな意味で貴重なものですよ」とお伝えしました。
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「いなくなった指物大工」

昭和50年(1975年)頃まで漆器の産地では、木材を加工し組み立てて仕事や生活に必要な道具をつくる「指物大工 (さしものだいく)」という職業が盛んでした。漆器づくりに関しては作業台の「定盤(じょうばん)」のほか、漆を塗 った器を乾かすための保管庫「ふろ」など様々な道具を職人や職種にあわせて指物大工がオーダーメードでつくりました。 生活においては住まいの建具(収納棚や食器棚など)、ガラス戸の外周、板戸、玄関戸や間仕切りの障子戸、襖(ふすま)、 欄間(らんま)など木を素材に造られる部分の多くが指物大工の仕事でした。今のように正確に木材を加工する機械やコン ピュータが無い時代に、加工から組み立てまですべてが指物大工の手技によるもので、手先が器用と言われる日本人らしさ が最大限に発揮された職業だったようです。越前漆器の産地、河和田地区近辺には指物大工を仕事としている家が7~8軒 ありました。
時代が進み、機械化による大量生産が発展する一方で漆器の需要低迷による職人の道具需要の減少、新素材の開発による住 まい関連の建材の変化(木材からアルミ、プラスチック、コンクリート等へ)により漆器産地の中だけで成り立っていた指 物大工の仕事は僅かになりました。先日、漆塗りのベテラン職人と難しい形状の木加工の話題になり、「手がとても器用で 指物大工だった○○さんがいたら出来たかもしれない」という話を聞きました。当社で使い込んだ定盤をながめながら、時 代の流れ、変化を感じているこの頃です。
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※いずれも当社工房にて撮影。

「徒弟養成」

当社では戦後の昭和25年頃から、漆器製造・塗り工程の技能者(職人)の養成に努めてきました(=徒弟養成)。中学校を 卒業後の若手を中心に毎年1~2人が入社し、椀などの「丸物」を塗るコースと、重箱などの「角物」を塗るコースに分かれ、 漆器作りの基本である下地塗りから順に習得しました。4年目頃から、より高い技術が求められる中塗り~上塗りの工程へと 進みます。下地塗りから中塗り、上塗りまでひと通り覚え、プロの職人として仕事をうけるようになるまでに5~6年かかり ます。こうして育ってゆく職人たちが使う定盤は、「丸物用」と「角物用」でサイズが異なり、器が大きく多くの漆を必要と する角物の定盤のほうが大きな仕様になっています。
下地塗りの工程では、定盤の上で砥の粉(とのこ)、地の粉、生漆を混ぜて「下地漆」を作り、檜(ひのき)へらですくって 塗る作業が行われます。中塗り~上塗りの工程では、漆の入った茶碗と刷毛を載せる小さめの定盤を使い、特に上塗りはホコ リが入りにくい環境の下で塗り作業が行なわれます。
当社で育った職人たちは自分の使った定盤を残してそれぞれ自宅工房などにもどり、現在、産地の担い手として頑張っています。
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「ダイナミックに下地漆を作る机」

漆器工房のある家で育った私は、幼少の頃、祖父(創業者。伝統工芸士)が椀に下地をしている姿を見ながらすごしました。 私はまさに遊び盛りでしたが、祖父の仕事場に入ると、絶対に暴れてはいけない、触ってはいけないという不思議な雰囲気が あり、子供ながら緊張感をもって祖父のそばに座っていた記憶があります。祖父が定盤の上で砥の粉(とのこ)、地の粉、生 漆を混ぜて「下地漆」を作り、黙々とお椀に塗っている姿が今も脳裏に焼きついています。ヘラを上手に使って「下地漆」を こねている動きが何か楽しそうで、「自分でもやってみたい」という気持ちがうずうずしていたことを思い出します。よって、 私のなかで定盤というと、ヘラを使ってダイナミックに下地漆をつくり下地作業をするための机というイメージがあります。
近年、価格やスピード優先で漆のかわりに下地から合成塗料を使った漆器が開発、普及しましたが、定盤の上で丁寧に下地漆 の作業をしている職人の姿を見ていただくと、価格やスピードだけでは語れない漆器の奥深さを感じて、漆器を購入されるお 客様の目も変わってくるのではないかと考えています。
(山本泰三)
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