漆器づくりに使われる食べ物 Vol.89~92

「柿」

こんにちは、千次です。今回から4回にわたって、普段私達がいただく食べ物が、実は漆器づくりの中で使われているというお話をしたいと思います。
今回ご紹介するのは、「柿」です。使われる柿は橙色の甘い柿ではなく、ちょうどこれからの8月中旬から下旬にかけて採る、渋みのある青柿で、青柿から搾取した汁「柿渋(かきしぶ)」が使われます。
越前の漆器産地では、一昔前まで貴重な漆を節約するために、漆のかわりに柿渋を木地の補強として使うことがありました。漆や柿渋を白木地に染み込ませるとやせがくる(第21回「やせがくる」参照)のを防ぐことができるためです。また、お椀製作の下地工程でも漆のかわりに柿渋を使っていました。渋下地工程(しぶしたじこうてい)と呼ばれるものです。さらに、仕上げの塗りをする前には漆のなかの埃を漉す作業を行うのですが、このときに使われる和紙が破れやすいため、和紙に柿渋を染込ませて補強して使っていました。
柿渋には防腐、防水、抗菌、保湿等のさまざまな効果があり、漆器以外にも建材や家具に使われたり、火傷やしもやけの殺菌、また腸管作用を抑える漢方薬など、幅広い用途に使われています。
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「ご飯」

福井の今年の梅雨開け宣言は8月1日と例年より遅かったために、日照不足で田んぼの米が心配でしたが、8月に入りずっと青空が続き一安心です。今年も9月のみずみずしい新米のご飯が楽しみです。
さて、そんな「ご飯」ですが、実は漆器づくりのなかで活用されています。奈良時代よりご飯は接着剤として使用されてきたそうですが、漆器の世界では、板と板を張り合わせて重箱や角盆などの木地を作る際に、ご飯をすりつぶした続飯(そくい)と漆を混ぜた「糊漆(のりうるし)」を接着剤として使っています。漆そのものは、あまり粘り気がないのですが、続飯を混ぜることによって粘り気が出て接着効果が強くなり、また乾きも早くなります。
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「牛乳」

8月は連日猛暑続きで、仕事で職人さん宅を回るときには、日陰のありがたさを痛感します。ある職人さんのお宅へ伺うと、「暑いやろう。牛乳飲みね(暑いでしょう。牛乳飲みなさい)」といって、お茶のかわりに牛乳を出していただくときがあります。牛乳には時々カルピスが入っていて、夏のこの季節には甘くて元気が出ます。
さて、「漆器づくりに使われる食べ物」の中に「牛乳」があります。漆に牛乳などのたんぱく質のものを混ぜると液体の漆に粘り気が出ます。その漆は「絞漆(しぼうるし)」といい、刷毛(はけ)で塗った跡をそのまま残して表現する「刷毛目塗り」や商品の裏底などで傷が目立たないような加工にする「タタキ塗り」などの変わり塗り用の漆として使われます。「絞漆」の粘り気をさらに硬くする為には漆に「玉子の卵白」を混ぜ、もっと硬くするためには「豆腐」を混ぜます。逆に粘り気を柔らかくしたい場合は「大豆の汁」や「にかわ」などを混ぜます。混ぜるものによって漆の粘り気の硬さを変えながら、さまざまな表情に仕上げることができます。
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「卵殻」

夏も終わりに近づきました。気温や湿度が高いと漆の管理が難しいために、夏は特に漆を巧く塗ることが難しいのですが、今年は長い梅雨と8月の猛暑の影響が重なり、職人達は大変苦労しました。これから気候も穏やかになり、漆器業界はそろそろ来年の迎春商品の準備に入ります。
さて、漆の色には黒や朱のほかに白い漆があるのですが、雪のように真白ではなく、茶色がかったミルクティのような色をしています(第57回~60回参照)。漆器づくりの中で真白な色を表現したい場合は、蒔絵の技法の中にある「卵殻(らんかく)」技法を使います。鶏やウズラの卵の殻を漆に張って白さを出すもので、技法としては卵の殻を砕いて散らつかせる、または卵殻の表面に図を描いたマスキングテープを貼り、はさみなどで切り抜いた卵殻を漆を塗った表面に貼るなどして使います。
漆器づくりに食べ物が使われているのには驚きましたが、古からの伝統的な技法が今も尚受け継がれている証拠だとうれしく感じました。
(宮川千次)
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