漆器産地の違い Vol.181~184

「産地ができるさまざまな背景」

漆器についてお客様とお話をしていると、「輪島(石川)はよく聞くが、越前(福井)にも産地があったのか?」「越前漆器は他の産地と比べてどんな特徴があるのか?」といったご質問をうけます。漆器というと輪島が代名詞といわれるほど有名ですが、全国には北は青森の津軽塗から南は沖縄の琉球漆器まで、30ヶ所近い漆器の産地があります。それぞれの産地にはその始まりとその後に発展した背景があり、またそれぞれの製品にも特徴があります。
全国の産地をみてみると、「藩主が産業として奨励(津軽塗)」、「僧侶が日常使いの器として使用(浄法寺塗)」、「温泉の湯治客のみやげ物(鳴子漆器)」、「武具への漆塗り(川連漆器)」、「中国から禅宗とともに伝わった<堆朱>をヒントに仏師や宮大工が開発(鎌倉彫)」などさまざまな背景があります。その中で、越前漆器の始まりは約1500年前に後の継体天皇が皇子のころに傷ついた冠を職人に修理するよう命じたことがきっかけで漆器づくりを推奨したことという言い伝えがあります。
(詳細は 越前漆器の歴史 Vol.97~100 参照)
また、越前の地でその後、漆器づくりが盛んになった理由は主に3つあるといわれています。
・ 山に囲まれて、木地となる材料や漆が手に入りやすかったこと
・ 冬に雪が多く、天候に関係なく家の中でも仕事ができること
・ 自然の環境(湿度と温度)が漆器づくりに適していたこと
昔と違い、流通のしくみが発達し国内外から幅広く材料を調達できることや、気候を問わずさまざまな職業が選択可能になったことから今では上記理由は該当しない面もありますが、湿度と温度という漆器づくりの環境に関しては今でもかわらない大切な理由のひとつといえます。

参考文献:「うるし塗りの見分け方」(中里壽克監修 東京美術発行)
20090515

「統計でみる産地の違い」

漆器産地を統計で比較する資料として「全国伝統的工芸品総覧(著者(財)伝統的工芸品産業振興協会)」という著書があります。 漆器に限らず全国の伝統的工芸品(経済産業大臣指定)(207件)及びそれに準じる工芸品(約1,000件)に ついて特徴や産地の生産額、企業数などが詳細に掲載されています。資料によると日本全国の伝統的工芸品生産額の割合は 「織物・染織等繊維製品」が50%、陶磁器が16%、その次に漆器が12%となり、うち漆器(木製・漆塗り)の生産額は約250億円です。 産地別内訳としては輪島塗(石川県)の70億円を筆頭に山中漆器(石川県)、京漆器(京都府)、会津塗(福島県)、 香川漆器(香川県)、越前漆器(福井県)と続きます(平成17年度)。木製・漆塗りの伝統漆器のほかに 合成樹脂(プラスチック等)やウレタン合成塗料(ウレタン等)を素材とする漆器製品を含めると、山中漆器 、越前漆器および会津塗の生産額は輪島塗を超えるものになり、産地によってさまざまな素材の漆器づくりに取り組んで いることがわかります。こうした生産額は過去と比較すると平成元年頃をピークにこの20年で約半分まで落ち込んでいるのが 現状です。その主な理由は「贈答市場の縮小」、「安価な海外製品の流入やプラスチック製品の代替による売上額の減少」、 「消費者のライフスタイルの変化」があげられます。こうした中、将来にむけて日本が世界に誇る漆の技術を維持し発展させて いくためには、産地の特性を十分生かしながら新たな市場へ積極的にアプローチしていく必要があると考えています。

参考文献:「全国伝統的工芸品総覧」(平成14年度、平成18年度)」(伝統的工芸品産業振興協会)
20090522
■うるしの里会館についてはコチラ

「産地の課題」

漆器づくりは、木や漆といった(コンピュータで管理できない)わがままな天然素材を相手に、 熟練の職人がその知恵と経験を活かし、一つひとつ手作りで時間をかけながら工程ごとの分業体制で行う産業であり、 大規模な設備投資と雇用による大量生産でコストダウンを図る産業とは異なります。 よって、ほとんどの漆器メーカーは親族などで経営する小規模な企業です。近年、漆器の需要が激減し、 職人を自社で雇用するメーカーが減少、各職人の自宅工房等にて受注数にあわせて 仕事をしてもらう形態でのモノづくりが主流になりました。当社でも約20年前までは 何十人もの職人を自社工房でかかえて漆器づくりをしていましたが、現在は数名の職人のみ自社にとどめて、 ほとんどを外部の職人に仕事をお願いする方法へシフトしています。
こうした動きは、短期的にみると需要が少ない時期でもメーカーとして存続していく上で効果があり、 職人を選びながら職人の強みを活かした製品づくりができることもメリットといえます。 一方、腕のよい職人に仕事が集中し、自社で職人を一から育てるという機能が失われることにより中長期的に後継者不足を招き、 「産地」としての機能が弱くなるという問題が生じます。
現在、製品づくりに求められる技術と受注数によっては、 部分的に他の漆器産地と交流しながら仕事をすすめる動きがあります。日本が誇る漆器づくりを維持、発展させていくために、 「産地」という表現にどこまでこだわりを持つか、難しい判断をしなければならない時代になりつつあることを感じています。
20090529

「越前漆器の特徴」

越前漆器の産地(福井県鯖江市河和田地区)は、およそ6世紀にはじまった日本最古の漆器産地と言われています。約1200年前に国内で盛んに漆が産出されたころ、特に良質な漆が採れた河和田では「漆掻き」の技術が発達し、全国の漆掻き職人の半分は越前出身の職人だった頃があるようです。越前ではこうした漆掻き職人が自身で食器に漆を塗るようになったこと、また浄土真宗の布教が盛んだったことをうけて報恩講の来客へのもてなしに漆器のお椀が頻繁に使われるようになったことがその後の発展の背景にあるようです。
現在、400近い企業や職人が漆器関係の仕事にたずさわっている越前の産地では全国の飲食店や旅館など業務用漆器の80%の生産量をほこります。これは、いわゆる本堅地といわれる本格的な伝統漆器に対して下地の工程を少なくしても堅牢さを維持する漆器づくりの工夫や合成樹脂など新しい素材の活用でにより丈夫でかつ比較的リーズナブルな漆器づくりに積極的に取り組んでいることによるものです。越前漆器は、主に一般家庭や業務用を対象に天然木から合成樹脂、天然漆から合成塗料まで幅広い素材と価格帯、ハレの日の重箱や屠蘇器から普段使いの汁椀、ランチョンマット、お箸まで幅広いアイテムの製品をカバーしていることがひとつの特徴といえます。
(山本泰三)
20090605