漆器の仕事を支える女性達 Vol.253~256

「優しさが伝わる女職人の蒔絵」

現在、越前漆器産地で「伝統工芸士」の認定をうけているのは全て男性です。メディアを通じて漆器職人として紹介されたり、 展示会や百貨店等で漆器製作の実演をする職人もほとんどが男性で、漆器組合など関連団体で要職に就いているのも男性です。 このように表に見える漆器業界はあたかも男社会のような印象をうけますが、分業体制で家族経営がほとんどの漆器づくりに おいて、実は女性が重要な役割をして産地を支えています。今回から4回にわたり、様々な角度から「漆器の仕事を支える産 地の女性たち」をご紹介します。
今回ご紹介するのは、産地の中でもめずらしい女性蒔絵職人の冨田紀代美さんです。先日開催された漆器展覧会において、当 社の新作製品「漆塗りアトマイザー」がグッドデザイン賞などダブル受賞の栄誉をいただきましたが、このアトマイザーに 「南天」の蒔絵を施したのが冨田さんです。特に冨田さんが描く植物は女性らしい優しさが伝わると評判で、今回、女性が持 ち歩くアイテムと冨田さんが描く蒔絵、そして漆が見事に融合したことが評価されたと思われます。このほかにも、冨田さん が描いた蓮の蒔絵が著名な作家の目に止まり蒔絵そのままのイメージを画像化して作家の本の表紙に採用されたことがあります。 30年のキャリアを持ち、当社製品の蒔絵を数多く担当している職人ですが、自分で作品を発表したり、実演するなど名前が 表に出るような活動はしていません。産地には冨田さんのように、表には見えないがすばらしい仕事で漆器づくりを支えている 女性が大勢います。

■ 漆器展覧会でダブル受賞した「漆塗りアトマイザー<漆香器>南天蒔絵」(詳細はこちら)
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「<研ぎ工程>を女性が担う背景」

漆器づくりは「塗り」を重ねて完成させますが、塗りと塗りの工程の間には砥石やサンドペーパーを使って表面を「研ぐ」という工程が あります。研ぎは漆器の美しさや強度など完成度を左右する大切な工程です。( 研ぎの詳細は93回~96回、 研ぎの道具については136回ご参照) この研ぎ工程の多くは女性が行なっています。重箱など「角物」の研ぎを行なっている女性の竹内さんによると「男性に比 べて女性は手が小さく、指が細いので細かい部分の作業が得意。たとえば屠蘇器の杯台の内側など入り口が狭くて深さがあ る形状のものは、男性のように手が大きいと(仮に手が入っても)手を動かして研ぐ作業ができない」そうです。また、お 椀など「丸物」の研ぎを行なっている女性の石塚さんからも同様に「お椀の高台とお椀との境目(スマ)に女性なら指が入 りやすい」など、研ぎは女性の特長を生かした工程であるという話を聞きました。二人に共通する「この仕事をしていてよ かったこと」は、漆器の仕事は自宅でできて時間の融通がきくため、家事や育児との両立ができたことでした。一方で「安 定的に収入を得るためには、よい仕事をしなければならない。よい技術は日々の努力の積み重ねによって向上する。」とい う竹内さんの言葉を聞き、仕事に対するプロ意識の高さと、男女の区別を感じない力強さのようなものを感じました。
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「厳しい目で検品し、優しい手で包む」

漆器メーカーにおいて消費地へ出荷する前の「包装」は大変重要な作業になります。完成した漆器に異常が無いか最終検品する タイミングであり、しっかりした包装によって移動中に箱の中で動いて傷つくことを防ぎます。美しい包装をみてお客様はその 中の漆器への期待が膨らみます。(「包装」については Vol.125~128 参照)漆器メーカーの当社がひとつひとつの器を包 装して消費地むけに出荷するようになって40年以上になりますが、今日まで包装作業はすべて女性社員が行なってきました。 その理由としては昔から職人とのやりとりや消費地問屋への営業など対外的な仕事を男性が行なっていたこともありますが、 女性ならではの厳しいチェックの目、包装に必要な手の器用さや扱いの優しさ、さらには田舎で生活する産地の女性たちの忍耐 強さによって、単純労働ながら重要な「包装」作業をしっかりとこなせたことが最も大きな理由といえます。
漆器の出荷がピークをむかえた平成元年ごろ当社では常に2名から3名の女性社員が手を休める暇もなく包装作業をしていまし たが、出荷数が減った現在は漆器包装一筋30年になる社員の渡辺さんを中心に仕事の量にあわせて他の社員が手伝うという体 制へと変化しました。渡辺さんがこの仕事をしていてよかったと思うことは「仕事以外でもいろいろなものをきれいに包むこと が出来るようになったこと」と言います。当社では今の生活にあった漆器の開発などにより出荷数を増やし、包装する女性社員 の活気に満ちた職場を復活させることをめざしています。
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「データが裏付ける福井の女性と漆器業界」

私は小さな漆器メーカーを経営する家で育ちました。父は職人の仕事を管理するなどの全体的なマネージメントをし、母は総務 、経理など裏方的、サポート的な仕事をするというような家族的経営です。同じ越前の漆器メーカーもその多くは同様に夫婦協 力のもと経営しています。塗りや加飾など個々の職人についても、漆塗り仕上げや蒔絵などメインの仕事はご主人が行い、磨い たり、箱詰めしたりとご主人の仕事を奥さんがサポートする形で夫婦共働きをしているケースが多く見られます。
このような夫婦の関係や仕事のすすめかたは、大量生産でない手作業でかつ工程ごとに職人が異なる分業制により成長した漆器 業界においてうまく機能してきましたが、このことは福井の女性の仕事に対する意識とも深い関係があるようです。総務省統計 (平成17年度国勢調査)によると、福井県は女性の就業率、共働き率が全国1位を誇ります。また一方で、管理的職業従事者 に占める女性の割合が全国最下位というデータがあります。こうしたデータから福井県の女性は「性別による固定的な役割分担 意識が高い」「管理職よりも『家事や育児をしながら、家計の足しに働く』という補助的働き方を選ぶ意識が強い」という分析 がなされています。これまでこうした女性たちによって支えられてきた越前の漆器業界ですが、少子化やライフスタイルの変化 の中で特に若い女性を中心に仕事に対する意識がすこしずつ変わりつつあり、女性の意識の変化をどう漆器業界としてうけとめ てプラス要素に変えていけるか、業界全体の問題として考えていく必要があると思います。
(山本泰三)
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