漆塗りアトマイザー開発への挑戦 Vol.229~232

「<香水入れ>にこめた期待とこだわり」

当社では3年前(2007年)より従来の漆器づくりの技術を応用した「漆塗りアトマイザー(香水噴霧器)」の開発に着手し、 今年度より本格的な販売を開始しました。高級なイメージがある「漆」の価値を生かし、香水を愛用するセレブ層や香りと 持ち物にこだわる男性層、フランスなど香水文化が定着している海外のお客様へ日本の「漆」を提案するための製品であり、 最終的には需要が低迷する従来の漆器市場へ目をむけてもらいたいという思いからスタートした取り組みです。
漆のアトマイザーというと、これまでも金属素材のアトマイザーに漆風の塗装が施されたものは見られましたが、木製素材に 天然漆を施す伝統的な漆器づくりのノウハウを生かした製品はほとんど存在しませんでした。当社では、越前漆器の産地職 人による伝統的な漆器づくりの技法を最大限に用いてアトマイザーを完成させることにこだわりました。この新たな取り組みは、 2007年12月に「地域資源活用認定事業」として経済産業省に認められ、国の補助事業として開発がスタートしました。
当社があえて伝統的な技法にこだわったのは、お客様に木製漆塗り製品ならではの「温もり感」「軽さ」「奥深い色合い」を 感じていただき、香りとともに常に本物の「漆」を持ち歩いていただきたいという思いがあったためですが、つくり手の立場 としてはまったく「ごまかし」のきかないサイズと形状へ挑戦することで品質に対する職人やメーカーとしての意識、技術を 高めようという狙いもありました。
開発着手から試行錯誤を繰り返して本格販売開始までに3年近くかかったことは、通常の漆器づくりにおいては異例ともいえる 長さです。これまでに市場に無かった製品を完成させることの難しさを強く感じました。
漆器の中に香りをいれるという意味で、開発した漆塗りアトマイザーのシリーズ名として「漆香器(しっこうき)」という名前 をつけました。

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「小さなサイズの難しさ」

伝統的な漆器づくりである「木製素材」と「天然漆」にこだわった「漆塗りアトマイザー」の開発では、口紅ほどの細くて 小さなサイズであることによってさまざまな困難と向き合うことになりました。
普通に考えると小さければ塗る手間、作る手間が省けるだろうというイメージがありますが、お求めになるお客様は小さな ものほど視点が集中し、一般的な漆器のサイズなら気にならない部分でも気になるようになるため、塗りの職人も従来以上 に神経を使って製作する必要があります。漆など液体を平らな面に塗る場合、面の端のほうに表面張力により自然な膨らみ ができますが、平らな部分の面積が小さいほどこの膨らみがとても目立って塗りが汚く見えてきます。今回、立方体タイプ のアトマイザーを開発する途中でこの課題に直面した当社では、漆を塗って乾いたら完成とする一般的な「塗りたて」の技 法をあきらめて、研磨仕上げによって鏡面のように平らにする最高峰の「呂色仕上げ」の技法を採用することになりました。
また、ポケットやかばんにいれて持ち歩く製品ということでぶつかったり下に落としたりすることを考慮してより強度を高 めるために木地には国産朴(ほう)の木、下地には最も堅牢な「本堅地(ほんかたじ)」と呼ばれる技法を施しました。小 さいサイズの木地加工は0.1ミリ単位で行われ、下地工程も割り箸にさして作業をするなど慣れない職人を泣かせながら の大変な作業になりました。「本堅地」「呂色仕上げ」を施した立法体タイプのアトマイザーには、最高技術を継承してほ しいという思いをこめて「継承」という名前をつけました。

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「0.1ミリ単位で金属と木を組みあわせる」

今回の漆塗りアトマイザーでは「漆を塗る部分に<木製素材>を使う」ことにこだわったために、通常の漆器づくりでは 経験しなかった難しい課題に直面しました。香水は成分が強いためアトマイザー(容器)に入れたときに香水(液体)が 直接触れる部分を金属にする必要があり、設計としては金属の周囲を木地でカバーしてその上に漆を塗ることになりまし た。このため、金属と接する木地のサイズが0.1ミリでもズレがあると組み立てるときの作業工程に大きく影響します。 また立法体タイプのアトマイザーは、外見上まっすぐなラインと直角によって美しさを表現しているため、漆塗りの厚み まで気を遣う必要があります。通常の漆器づくりでは、手づくりならではの多少のズレによる「手づくり感」はデザイン や機能によって好意的に受け入れられることがありますが、香水という液体を持ち歩くアトマイザーは工業製品らしくし っかりとした機能が当然のように求められるため、「手作り感」は逆にお客様にマイナスの印象を与えることもあります 。今回のアトマイザー製作では、木地から塗り仕上げまでの各工程を0.01ミリまで計測できるデジタルノギスを使っ て管理するという今までになかった仕事に取り組むことになりました。今回のアトマイザー製作を通じて新しい市場へチ ャレンジする難しさを痛感することになりましたが、漆器づくりに対する職人や我々メーカーとしての意識を高めていく 意味では、たいへん貴重な経験にもなりました。

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「新しい市場での評価と課題」

さまざまな課題をクリアしながら完成した漆塗りアトマイザー「漆香器」は、2年に1度開催される 「日本パッケージデザイン大賞2009」(日本パッケージデザイン協会主催)の「化粧品部門」で入選を果たしました。 「化粧品部門」はパッケージ開発に力を注ぐ大手化粧品メーカーが広く参加する極めてレベルの高い部門で、業種の 異なる漆器メーカーであり地方の中小企業にすぎない当社が入選したことは快挙と言えるものでした。漆器以外の市 場でも「漆の価値」が認められることが証明されたということで、今回の受賞は需要が低迷する漆器産業に携わるも のとして大変励みになりました。
こうした専門家の高い評価をPR材料にしていよいよ小売店等のバイヤーへ製品を売り込もうと、今年1月「インタ ーナショナルファッションフェア(主催:繊研新聞社、会場:東京・ビックサイト)」に参加しました。このイベン トは繊維・ファッション関係のメーカーや問屋が中心に出展し、多数のファッション関連バイヤーが来場し商談を行 なうというもので、当社としては「香水とファッションは親和性があるはず」という思いで参加しました。来場した お客様の反応としては製品としての評価は高かったものの実際の売り場で販売するには「漆の扱い」「高価なもの」 という点で抵抗があるという意見が多く、販売面の課題を実感することになりました。一方で「この技術を使って、 こういうことが可能か」というご相談をいただくこともあり、漆塗りアトマイザーが当社の技術力をPRするという 効果も感じました。
漆塗りアトマイザーへの挑戦は「作るのもの、売るのも大変」という厳しいスタートになりましたが、「漆の価値」 を評価していただける市場にむけて、漆器メーカーがあらためてアプローチするためのよいきっかけになりました。 今後ビジネスとして生かしていけるかどうかはこれからの取り組みが勝負となります。(山本泰三)

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