漆器づくりの下地 Vol.113~116

「下地(したじ)とは」

漆器を手にされたお客さまから、よく「これは何回ぐらい塗っているのですか」と聞かれることがあります。漆器は漆を何回も塗り重ねていることをご存知のお客さまです。この漆を塗り重ねて仕上げる工程の前に、木から器の形になった白木地の状態を整えて補強し、漆を塗れる状態にする「下地(したじ)」と呼ばれる工程があることは意外と知られていません。下地の工程がしっかりできているかどうかは、その後の塗りの良し悪しを大きく左右するとともに、木製漆塗りの器を永く美しく使っていただける丈夫さとも関係があります。
下地には、「本堅地(ほんかたじ)」「錆地(さびじ)」「渋下地(しぶしたじ)」など、使う材料や工程によって種類や呼び方があり、それぞれ完成までの時間や労力が異なるため、結果的に商品としてご提供するお値段にも影響します。お客さまからすると「目に見えない部分へのこだわり」ということになります。

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「下地の工程いろいろ」

下地は塗り物の基礎となる重要な工程で、最初に(木から器の形になった状態の) 白木地に傷や不完全な接着部分がないかチェックすることからはじまります。 傷があれば、生漆、米のり、木くずを混ぜた「刻苧漆(こくそうるし)」を埋め込んで滑らかにします。 椀の底や縁など壊れやすいところには布や紙を貼って補強することもあります。 その後、生漆や塗料を木にしみこませて木の素地を強化する「木地固め」を行ったうえで、 木地の凹凸をならし、生漆に砥の粉や地の粉を混ぜた「下地漆」をヘラや刷毛で塗ります。 下地漆が乾燥したら砥石やペーパーで水研ぎする作業を繰り返します。 なお、実用的な漆器に施される「下地漆」には、材料や工程の違いによって以下のような種類があります。
■本堅地(ほんかたじ)
生漆に地の粉(じのこ)という土の粉を混ぜたものを下地として木地に塗り、乾いたら研ぎ、また塗るという作業を繰り返すもので、漆器づくりで最も工程が多く、漆器が堅牢になる下地です。使う地の粉は粗さによって「一辺地」「二辺地」「三辺地」があり、粗い粉から順番に細かい粉へと変えて使います。
■錆地(さびじ)
生漆に水で練った砥の粉(とのこ)という土の粉を混ぜたもの(錆漆)を、木地固めの上から数回塗って下地とするもので、本堅地の工程を簡素化した漆下地法です。なお、錆地は本堅地の最終工程としても行われます。
■渋下地(しぶしたじ)
生漆のかわりに柿渋汁、地の粉の代わりに炭粉を使う下地で、本堅地より値段を抑えることができます。
上記は、商品としてはお値段の違いや、堅牢さの違いとなってあらわれます。 漆器を手にされる際には、見えない部分の「下地」のこともぜひ意識してみてはいかがでしょうか。

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「うなぎ屋」

塗りものにこだわるお食事処として今回ご紹介するのは「うなぎ屋」です。うなぎ屋は、江戸時代や明治時代から創業100年を越える老舗店が多いのが特徴です。うなぎ屋で使われる器といえば、うな重やうな丼、肝吸いを入れる椀など漆器が中心ですが、特に老舗店では、代々使い続けている木製漆塗りの器を、我々のような漆器の作り手に依頼して、定期的に修理や塗り直しをして使い続けています。最近では合成樹脂製など丈夫な素材を使っているお店もあるようですが、何十年も使い込んで、何度も塗り重ねている木製漆塗りの器でいただくうなぎ料理は、歴史とともに、つつみこむような温かみと深い旨みを感じることができます。
さて、うなぎというと「土用の丑の日」ですが、幕末の学者平賀源内が、近所のうなぎ屋から「夏場にウナギが売れないので何とかしたい」と相談をうけ、今日うなぎを食べると良いという意味で「本日土用丑の日」という看板を店先に出し、大繁盛したのがきっかけだといわれています。また、古くは「万葉集」の歌に、夏痩せにうなぎが良いという表現が残っており、古くから栄養食として愛用されていたことがわかります。開き方や焼き方の違いで関西風と関東風があったりと、うなぎにまつわるお話はまだまだあるようですが、夏に限らず元気をつけたいときや「勝負の日」などには、塗りものの器でいただく栄養満点のうなぎ料理を是非お試しください。

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「職人さんに聞きました」

角物塗りの伝統工芸士として活躍する杉本定秋さん(68歳)に下地の仕事についてお伺いしました。
(聞き手:竹内亨/2月13日)

――なぜ塗り職人の道を選んだのですか?
親の仕事を継ぎました。当時は親の跡を継ぐのは当然でした。

――下地ができる人の強みは?
修理の技術が身につくことです。例えば上塗りだけをやっていると、綺麗に塗る技術は上達しても、肝心な修理ができません。

――下地の仕事でこだわっている部分は?
(重箱などの)角物の角と隅の仕上げに気をつけています。木地の状態のままでは角が鋭角すぎるため、漆を塗っても乗らなかったりすぐに木地が見えてしまったりするので、角の部分を石で研いで若干丸みを持たせるようにします。一方、隅は綺麗に仕上げることが難しい部分なので、特に慎重に作業を進めることを心がけています。下地を上手に仕上げるポイントは角と隅です。

――下地の仕事の将来は?
下地は他の作業工程と比べて汚く、つらい仕事です。その上、不景気が続き、儲からなくなっているので、後継者が減っているのは確かです。景気がよくなれば、後継者も増え、産地も盛り上がると思うのですが・・・。

下地は製品化したときには目に見えない地味な部分ですが、堅牢で美しい漆器をつくるための大切な基礎になっています。このような技術を永く残していけるように、我々産地メーカーとしても、漆器のすばらしさをお客さま一人一人にしっかり伝えていくよう努力していきたいと考えています。(山本泰三)

20080215