漆の不思議~湿度が無いと乾かない!? Vol.17~20

(その1)

前回までは漆器産地の風景についてご紹介しましたが、当社がある福井県鯖江市 (越前漆器)のほかにも、全国各地で漆器がつくられています。
漆器づくりが経済産業大臣による「伝統的工芸品指定産地」となっているのは、鯖江市の他に石川県の輪島市(輪島塗)、山中町(山中漆器)、福島県会津若松市(会津塗)、和歌山県海南市(紀州漆器)、香川県高松市(香川漆器)など、20以上の産地が名を連ねます。漆器づくりが盛んになった背景にはさまざまな理由がありますが、越前漆器の場合、以下の理由が考えられています。
一つめは、「田畑が少ない山間地であり、また冬に雪が多く降っても家の中で仕事ができること」、二つめは「山に囲まれて、椀の素地となる材料が手に入りやすかったこと」、そして三つめは「自然の環境(湿度と温度)が漆器づくりに適していたこと」です。
特に三つめの理由については、漆器づくりには不可欠な要素です。漆の特性により一定の湿度と温度の下でなければ漆器づくりができないからです 。

(その2)060324

漆とは、漆の木の樹液です。
漆の木の樹皮に傷をつけて、そこからにじみ出てくる乳白色の樹液を集め(これを「漆を掻く」といいます)、精製して塗料として使います。漆掻きの職人さんが、6月中ごろから11月ごろまでかけて採るのですが、1回傷をつけてにじみ出る漆は5グラム程度。1年かけても1本の木から200グラムしか採れない貴重なものです。その漆は主にウルシオールという樹脂分と、水分、ゴム質、酵素(ラッカーゼ)という成分で構成されます。この酵素が空気中の水分から酸素を取り込んで酸化反応を起こすことによりウルシオールが液体から固体になります。
これが「漆が乾いた状態」であり、湿度が75%~85%、温度が20度~30度という条件が整ってはじめて「乾き」ます。熱や風をあてて水分を蒸発させる普通の乾燥とは正反対なのです。

(その3)

適度な湿度と温度の中で固体となった漆は、史上最強の天然塗料となります。
酸やアルカリ、塩分などにも強く、断熱性、耐水性も高い。昔は鎧 (よろい)や鉄砲などの鉄製品の錆び止めとして利用したり、農耕具づくりの接着剤としても使いました。漆は漆液の状態で直接肌に触れると漆かぶれしますが、漆が完全に乾いた後はかぶれません。
こうしてみると、漆は漆掻きによって木としての命を一度絶つことになりますが、塗料として新しく生まれ変わり、人と共存して生きていく不思議な力をもった樹液であることがわかります。漆を塗った器が「魂の器」と言われる所以もここにあります。
食器洗浄器が普及した昨今、毎日使う漆器のお椀もそのように眺めてみると、自然と「漆器だけは手で洗ってあげよう」という気持ちになりませんか?

(その4)

今でこそ加湿器やエアコンの登場で、湿度や温度を一定に保つことは可能になりましたが、電気に頼ることができなかった時代から今日まで、各産地ではさまざまな工夫をしました。
そのひとつは、塗りたての漆器を入れて乾燥させる「漆風呂 (うるしぶろ)」と呼ばれる収納庫です。
木で組み立てられた漆風呂の中に、水で湿らせたシーツ大の布などを掛けて、最適な湿度をキープします。ちなみに、湿度が高すぎると漆の成分が急激に固まるため、「乾き過ぎ」の状態となり、塗った表面が縮れてしまいます。職人さんごとに異なる仕事場の環境の下、長年の経験が完成率を高めます。乾く温度や湿度が微妙に異なる漆を何種類か使い分けながら、漆塗りをしている職人さんもいます。漆器が乾いたかどうかの確認方法は、漆器に「ハーッ」と息を吹きかけ、白く曇れば乾いたことをおおよそ確認できます。
そのことを越前の産地の言葉で、「息が来た」と表現しています。
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