次世代にむけた新たな重箱の開発 Vol.209~212

木製漆塗りへのこだわり

これからお正月にかけて重箱や屠蘇器、雑煮椀など「迎春商品」と呼ばれる漆器が百貨店や漆器専門店の店頭を飾りはじめます。近年、スーパーやコンビニが元旦から営業し、家族のお正月の過ごし方も変化するなかで、本格的な木製漆塗りの重箱におせち料理を入れ正月三が日を過ごす家庭は減る傾向にあります。テーブルに広げた料理をお皿ごと冷蔵庫保存するスタイルが浸透し、重箱の素材には乾燥による変形の心配がない合成樹脂素材のものを選ぶお客様も多くなりました。
こうした時代の変化により木製漆塗りの重箱の需要が減少しているなか、当社は約3年前に「今のライフスタイルにマッチして、お正月に限らず年中使える重箱」「日本が誇る木加工、天然漆塗りの伝統技術を最大限に引き出し、合成樹脂成型や合成塗料では表現できない重箱」の開発に着手しました。
様々な課題を乗り越えて2007年の暮れに完成した重箱「Kasane HACO 風」は、翌年1月に開催された全国規模のコンテストで審査員特別賞を受賞、その後も様々なイベントで優秀賞をいただき、いよいよ今年の秋から本格販売を開始しました。
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※2009年11月現在、日本橋高島屋、伊勢丹新宿本店などで販売中。詳細は当社までお問い合わせください。

デザイナーとの取り組み

この秋から本格的な販売を開始した重箱「Kasane HACO 風」は、当社が創業以来はじめて 「プロダクトデザイナー」と呼ばれる製品デザインの専門家による指導、 協力の元で開発したオリジナル商品です。従来当社で新たな漆器を開発する際は、ベースとなる重箱やお椀の形状をあまりかえず、 最後の段階である蒔絵や沈金といった「加飾技術」によって特色を出すことが多い傾向にありました。 メーカーとしては器の形状を従来品と新作とを共有化することで在庫リスクをおさえるメリットがあります。
しかしながら、最近のモダンなライフスタイルにおいては、美しい形状で絵柄が無い 「無地」が好まれる傾向にかわってきました。当社としても時代のニーズに応える 「形状」に目をむけた新製品開発を行なう必要がでてきました。

20091204_1「Kasane HACO 風」を共同開発した鈴木尚和氏は東京在住で造形作家や空間デザイナーとして活躍中のデザイナーですが、 「伝統の技術を十分に活かしながら漆器の世界に新しい風を吹き込んでほしい」という思いから、 まず福井の当社工房に足を運んで漆のことや職人の技をしっかり吸収してもらい、 テーマの器選びから議論をはじめました。鈴木氏の徹底した「美しい形、デザイン」へのこだわりに対して、 製作する我々がはじめて経験する苦労の日々がはじまりました。
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膨らみとの戦い

「伝統の技を活かしつつ漆器の世界に新しい風を吹き込みたい」という思いを込めて製品デザインを依頼した造形作家の鈴木尚和氏からの提案は「側面が3次元に膨らむデザインの重箱」でした。
具体的な設計図とイメージ図、石膏で提示されたデザインにはその斬新で美しい形に驚く一方、「どうやってこの形をつくればよいのか」と頭をかかえてしまいました。重箱づくりには伝統的な木地加工のほかに成型加工(合成樹脂を金型で成型してつくる)で制作する方法がありますが、今回のデザインは側面に膨らみがあることで成型加工ができないことがすぐに判明しました。この点については、プラスチック等による安価品には真似ができないことが強みになると考えました。
木地加工によって膨らみを出すためには厚手の板を「正確に削りだす」プロセスになりますが、1点ものではなく製品として安定した品質で生産する必要があるため、3次元加工できる精密機械とノウハウが必要になります。最初のサンプル製作は3次元加工技術に優れた宝飾メーカーで行い、さまざまな種類の木地を試作して素地で使う木の種類を仏像などで使用する「朴(ホウ)」で行うのが一番よいという検証ができました。しかしここでは側板1枚を削りだすのに時間がかかり、12枚の側板が必要になる三段重の生産にはむかないという課題に直面しました。木は宝飾品などの金属加工と異なり早く削りすぎると焦げてしまうため、木地加工専門のノウハウが必要になります。全国のさまざまな業種を対象に木地加工の協業先探しを行って試作を繰り返し、ようやく生産ラインの見通しがたったのは最初のサンプル製作からおおよそ1年後のことでした。
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木の活かし方を学ぶ

最初のサンプル製作から1年後、ようやく生産ラインにのった重箱には<風>という名前をつけました。「箱のなかにさまざまなものを運んでくれる風」という思いや、砂漠の模様のような側面の形状に「風の力」を感じて欲しい気持ちを込めました。
完成した製品はさまざまな展示会を通じて幅広いお客様に発信していきました。思いがけない反応としては大手の車メーカー数社の開発デザイナーから形状に対する高い関心をよせていただきました。ご意見として共通していたのは、欧米系の車体のようなボディラインと漆独特の艶が見事に融合されている、これからの車のデザイン開発にもヒントになるというような話でした。これまで食器を中心に扱ってきた者として新たな市場に挑戦していくための何か手ごたえのようなものを感じた瞬間でした。
新重箱「風」の側面は厚めの木板を削って曲線を出すという構造のため、曲線の高低さを出そうとすればするほど厚い木板を使いさらにそのほとんどを削りカスになってしまうことになります。当初開発にあたってはもったいないのでは、という気持ちもありましたが、この形状の重箱が「木」でなければできないこと、そして木を美しく削ることも最終的には木を活かす行為になることを様々なお客様の反応を通じて学ぶことができました。(山本泰三)
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