究極のスプーン開発への道のり Vol.273~276

「強い思いと幾多の壁」

私がこれまで開発に携わってきた漆器の新製品の中で最も思い入れが強く、 構想から完成にいたるまで困難の連続だった製品が「木製漆塗りスプーン<葉風(はふう)>」です。 開発パートナー探しからはじめて昨年12月の完成発表に至るまで5年以上かかりました。 スタートは「スプーンこそ木製漆塗りのすばらしさを体感できる最高のアイテム」、 「(ニーズはあるのに)手ごろな値段で食べやすい国産の木製スプーンが市場に少ない現状を何とかしたい」という自分なりの強い思いからでした。
木製素材のスプーンは金属性のスプーンに比べて持ったときに軽くて温もりがあり、子供からご高齢の方まで、 また金属アレルギーの方にも大変優しいいわゆる「バリアフリー」のアイテムです。もちろん漆の器との相性も抜群です。 しかしながら、市場ではメイドインジャパンが求められる昨今にもかかわらず、 安価で少々食べにくい中国製の木製漆塗りスプーンが堂々と販売されていて、それでもお客様は「安いから仕方ない」と我慢されて 使っているというのが現状です。そのほとんどが1000円以下です。
国産の木製漆塗りスプーンが市場に出回っていない(=国内に作り手が少ない)最大の理由は「価格」です。 一から木を加工して作るアイテムとしては、ロクロをまわしてくり抜く「お椀」や木板を組み合わせる「重箱」などの他の漆器と比べて、 スプーンは形状が複雑で従来の伝統的な漆器の加工方法が活用できず生産ラインに乗せにくいことから、 加工コストは「お椀」「重箱」よりも高くなるにもかかわらず、市場では「お箸」や「金属性スプーン」の価格と比較されます。 国産漆器メーカーとしてスプーン開発にチャレンジするためには、価格面をギリギリまで抑えつつ、 食べやすさやデザインで価値を高めて中国製スプーンと勝負する必要がありました。

20110218

現在、東京にて販売しているふくい県のアンテナショップ「ふくい南青山291」についてはコチラ

「機能性とデザインへの挑戦」

お料理を口に運ぶスプーンに求められる機能性とは、手にしたときの「持ちやすさ」 と口に入れたときの「食べやすさ」というシンプルなものです。しかしながら従来の木製漆塗りスプーンで いろいろ試してみても、この2つをクリアしているものは少なく、あっても価格が1万円を超えるなど高くて 手が出ないものばかりでした。このような現状のなかで比較的手ごろで自分でも買って 使ってみたいと思える製品を作りたいという願望が今回の商品開発のきっかけとなりました。 開発にあたっては機能性に加えてぱっと目にした瞬間のかっこよさ(デザイン性)を兼ね備えた 製品にすることを目標にしました。
このスプーン開発への夢がきっかけとなり、当社でははじめて社外のデザイナーに自社製品の設計 を依頼することになりました。5年前、造形作家として国内外で活躍していた鈴木尚和氏と出会い、 鈴木氏のさまざまな作品や考え方に触れ、「機能性とデザイン性を兼ね備えた製品の開発」の可能性を感じました。 鈴木氏とは、比較的実現しやすい重箱やお椀の開発からスタートし、技術力や新たな開発パートナーを 必要とするスプーン開発を最終目標としました。数年間のさまざまな取り組みを通じて、 技術面のノウハウ習得やパートナーづくりができたところで、鈴木氏とスプーン設計に着手、 石膏によるモデルを鈴木氏が製作し、木を加工して実際に食べて持ちやすさと食べやすさを当社で検証する 作業を繰り返す日々がスタートとしました。

20110225_1 20110225_2

鈴木尚和氏のオフィシャルサイトはコチラ

「市場調査で塗りの仕様を決める」

苦労の末にようやく形が完成した木の素地に対して、さらに今回のスプーン開発では 「漆塗りであること」にこだわりました。スプーンというアイテムは使うときに必ず 「直接手に持って、口に触れる」ものですので、漆仕上げ独特の優しい肌触りや滑らかさ等を直接体感できます。 また、漆の抗菌効果によりお子様からお年よりまで食事の際に安心して使える道具になるためです。
漆塗りと一言でいってもさまざまな技法や色あいがあります。仕様によって販売価格も変わります。 仕様をどうするかは漆塗りスプーンを成功させるための重要な鍵であり、マーケットが求める仕様と商品ラインナップを十分に検討すべく、 今回は試作品の段階からお客様や小売店のバイヤーの方に何度もヒアリング調査を行いました。 その結果、「本格高級ライン」と「お手ごろ低価格ライン」の2種類でスタートすることになりました。
「本格高級ライン」としては、高級な重箱やお椀と同様に漆を塗り重ねて艶の高い仕上げにする「塗り立て」技法を採用し、 色合いは漆塗りであることを見た目でもわかりやすくほんのりとした赤みで一番人気の「溜」に決めました。 角が立ったところに見える赤みが流れるようなデザインの美しさを強調する効果も期待できます。
一方で「低価格ライン」としては、素地の木の目がうっすら表に見えるような「拭き漆」仕上げのスプーンを用意することにしました。 市場調査では木製スプーン1本に求める購入価格は高くても3000円以下という声が圧倒的に多く、 「拭き漆」仕上げであれば何とか国産でも実現可能な範囲であり、さらに「木目の自然な風合いを楽しみたい」 というお客様のニーズにも応えることができます。 (拭き漆については第257~260回ご参照)
実際にスプーンに漆塗りを施す現場では、(内側と外側があって塗り分けできる通常の漆器や、 まっすぐな形状のお箸と異なり)これまでにない非常に難しい作業となりました。何度も失敗を繰り返しながら努力と工夫を続けた結果、 ようやく安定してきれいに仕上げる工法が確立し、当社から美しいスプーンを出荷できる準備が整いました。

20110304_2 20110304_1

「価値を伝えるためのひと工夫」

お客様に心地良く使っていただく形状、塗り仕上げの木製スプーンがようやく完成したところで、次の課題は「お客様にこのスプーンの価値をどのように伝えるか」でした。言い換えると「お店でおもわず買いたくなる、プレゼントに使いたくなるような<商品の見せ方>をどうするか」ということになります。産地のメーカーは「よいものを作るだけでよかった時代」から「自社の取り組みをブランド化しPRする時代」へと変わりつつあるなか、自社のファンを増やし、売り上げを伸ばしていくために大変重要な視点になります。
今回の木製スプーンでは、具体的に「①ネーミングとロゴ」「②販売時のパッケージ」「③PRのためのパンフレット」「④お店でのディスプレイ用什器」を「スプーンの価値を伝えるためのツール」として開発することになりました。
①のネーミングは、風になびく葉をイメージした形状と「は~ふ~」して食べるスプーンのイメージをかけて「葉風(はふう)」をシリーズ名にしました。ロゴは和のイメージを伝えるため「書」を活用しつつ、あわせて海外を意識してhafu~というローマ字をいれました。②のパッケージについてはPP袋入りを標準にしながら、お客様にご希望に応じて高級感でギフトむきの化粧箱をつくりました。③のパンフレットでは、おかゆを盛り付けた器とともに撮影した画像をいれて、スプーンの使用イメージが伝わるような内容にしました。
一番こだわったのは④お店でのディスプレー用什器でした。「他の安価なスプーンに埋もれないこと」「在庫品をすぐに取り出せるように什器の中にそのまま保管できること」、「当社の加工技術を生かせること」の3つを満たす什器を製作しました。
構想から完成まで5年以上の長い道のりを経て、ようやく昨年12月からお店に究極の木製スプーンを並べて、販売を開始することができました。(山本泰三)

20110311_1 20110311_2