残したい道具(お膳) Vol.81~84

「お膳を使っていた時代」

今回から4回にわたり、ライフスタイルの変化とともに忘れられようとしている「お膳」についてご紹介したいと思います。
特に地方では30年前ぐらいまで、婚礼や法事などまとまった数のお客様をご招待する行事を自宅で行うことが一般的でした。その際のおもてなしに「お膳」が使われました。当社では製品としてつくる一方で、自社内にお客様をご招待する行事で「お膳」を使っていました。
先日、当時使用していた「お膳」や一緒に使う「八十椀(はちじゅうわん)」、「猪口(ちょく)」といった器を30年ぶりに使う機会がありました。伝統的な木製漆塗りの器は、製作して50年ぐらいになりますが、今でも形の狂いがなく、漆黒のツヤの輝きも変わらない器を目にして、当時の職人の確かな仕事ぶりを感じました。
20070615
「八十椀」は8つの器を重ねたりはずしたりして蓋にも取り皿にも使える機能的な器です。黒の漆塗りで、渕には磨き蒔絵による金渕が施してあります。「八十椀」だけでは器が足りないときに当社では「猪口」を使っていたようです。
昔はどの家庭も「お膳」を揃えていたそうですが、お客様をご招待する婚礼や法事を自宅で行うことが少なくなり、食生活も多様化した昨今、家庭でお膳を使う機会はほとんどなくなり、地方でも「お膳は土蔵に眠っている」という家庭が多いようです。(山本泰三)

「宗和膳と報恩講」

「お膳」の歴史は1200年ほど前に公家社会で使われていた「折敷」(おりしき:足のないお膳のようなもの)から始まったといわれています。やがて「折敷」に足がつき、江戸時代に「お膳」の形になり、庶民に浸透したのは江戸後期から明治時代のことのようです。当時、日常では2枚の板を足にした「木具膳(きぐぜん)」などの簡素なお膳を使い、正月や祝い事、お客様用には、足が蝶の羽を広げた形の「蝶足膳(ちょうあしぜん)」や茶道具から生まれた「宗和膳(そうわぜん)」が用意されていたそうです。
福井県では戦前まで「報恩講(ほうおんこう)と呼ばれる浄土真宗の仏事習慣が各家庭で行われていました。その際に使うお膳として、各家庭で「宗和膳」を用意していました。「報恩講」とは浄土真宗の開祖・親鸞聖人の徳を称え、恩に報いる法要とされており、命日の11月28日前後に行われます。本家が一年に一度、お寺の住職と親戚や親族を招き、お経をあげて、説法をお聞きしました。その後、「宗和膳」に盛られた精進料理や地域によっては郷土料理などの報恩講料理が用意され、飲み食いしながら「仏」や「人生」について色々と語り合ったそうです。
20070622

「喰初膳」

赤ちゃんのための祝い事の一つに「お喰い初め」という行事があります。赤ちゃんの健やかな成長を願って生後100日~120日目に行われ、その頃は歯も生え始めるほどに成長しているので神仏に感謝し、生涯食べ物に困らないように祈る儀式です。赤飯・尾頭付の魚などを蝶足膳の形をしたお膳に盛り付け、赤ちゃんに食べさせる真似をします。
お喰い初めで使用するお膳のことを「喰初膳(くいぞめぜん)」といい、男児は「総朱塗り 足附膳(高さ約6cm)」、女児が「黒内朱塗り 高足膳(高さ約11cm)」になります。男女により色が異なる理由は諸説ありますが、定かなものはわかっていません。また、お膳につける家紋は、金や銀の蒔絵または黒漆(男児)や朱漆(女児)で書かれます。
地方や時代とともに儀式は色々なやり方がありますが、「お喰い初め」の時間が午前8時と決まっている地方や、歯が石のように丈夫で硬くなるように小石や梅干、もしくは蛸(たこ)を料理に添える地方もあるそうです。

20070629

■当社でご用意している「喰初膳」はオンライン商品カタログをご覧ください。
http://www.yamakyu-urushi.co.jp/tag/item18/

「箱膳」

「箱膳(はこぜん)」とは、江戸時代に平民や農民、町民の使用人達が使い始め、昭和初期頃まで全国的に使われていた箱型のお膳のことです。日本では昔、土間と一部屋のみの家屋が一般的で、台所・居間・寝所は一つの部屋でまかなっていました。箱膳を用意すれば台所の食卓となり、しまえば居間・寝室になるということで、収納の面で当時大変重宝したそうです。
箱膳は「家族に一人一つずつ」という使い方をしました。箱の中には飯椀・汁椀・小皿・箸・湯呑み・茶碗・布巾の一式を収納し、使用する際には蓋を返してお膳とし、その上に器を並べ、ご飯、汁物、おかずや漬物で食事を頂きます。そして食事が終わると、
20070706
飯椀に白湯を注ぎ、漬物で器を洗い、
綺麗になると小皿・汁椀と白湯を順に移し、
最後に漬物を食べて、白湯を飲み干して、
器を布巾で拭いて箱膳にしまう。
というのが、箱膳の作法のようです。
食事を少しも無駄にしないことや、箱膳で食事を頂く時は肘をつけることができず、器をきちんと持たないといけないので姿勢が美しくなることなどから、最近、「食育」の観点でも箱膳の作法が注目されているようです。(宮川千次)