お椀の値段はなぜ違う? Vol.9~12

その1

前回までは、漆器の修理について書きましたが、その中で修理ができる漆器の前提として、「伝統的な漆塗り木製の漆器であること」を強調しました。それは、裏をかえすと漆器と一口にいっても、天然の木ではなく合成樹脂で形をつくったもの、天然の漆ではなく合成的につくった塗料を塗っているものがあるということです。
戦前は、漆器といえばすべて伝統的な漆塗り木製のものでした。
合成樹脂や合成塗料による漆器は戦後に開発されたものです。お客さまから時々「本物の漆器をください。」「どちらが優れていますか?」という質問をいただきます。「本物=天然素材」という定義ならば、天然の木や漆を使った漆器が本物ということになりますが、一方で、毎日の生活の中でごく一般的に普及している合成樹脂や合成塗料による漆器こそが「本物」といってよいのかもしれません。
また、それぞれ良さがあるため、どちらが優れていると一言で結論づけることはできません。
ライフスタイルの変化やお客さまのニーズの多様化がすすむ現代においては、漆器の違いを十分にご理解いただいたうえで、お使いになる方それぞれのニーズ、価値観などにあわせて選んでいただくというのが、商品をご提供する側の役割であると考えています。

その2

100円ショップに並ぶお椀と、百貨店の高級漆器売り場にならぶ数万円以上するお椀。見た目は同じ形で、同じ色。漆器という名前もついているのに、なぜこんなに値段が違うのでしょうか。
漆器の値段の違いにはさまざまな要因があります。一度に大量生産できるものは一つあたりのコストを抑えることができるという理由で値段が安くなります。一つの商品を完成させるまでの工程が長く手間がかかるほど、人件費や材料費がかかり、値段が高くなります。二度と同じ商品を作ることができないような希少価値が高いものは値段が高くなります。
労働力の安いところ(たとえば海外など)で生産すれば、値段を抑えることができます。漆器は作りはじめてから完成するまでにどのような材料を使い、どのような方法で仕上げるかによって、値段に違いがでてくるのです。

その3

漆器はふたつの素材からできています。
器のかたちのもとになる素地と、その上に塗り重ねられる塗料です。
素地には、木製品と合成樹脂製品があります。お手元の漆器の素地がどちらなのかは「法定品質表示」として商品に添付している紙片に、木製品であれば、 「天然木 」、合成樹脂製品であれば、「○○樹脂と木粉の成型品」「○○樹脂」と表示してあります。わからないときは、お買い求めになられたお店、もしくはお店を通じてメーカーにお問い合わせいただくのが確実ですが、簡単にご自身で確認いただく方法があります。
お手元のお椀であれば、洗面器などに水をはって浮かべてみると、木製品は水に浮きますが、合成樹脂製品は沈みます。あくまで目安ではありますが、木製品のほうが軽いということです。また、木製品は 保温性が高く断熱性に優れているため、合成樹脂製品にくらべてお椀に熱い汁を入れて手に持っても、肌に熱が伝わりにくく熱さを感じさせません。
このような木製品は一個づつ、かつ長い工程をかけて製作するため、短期間に大量生産が可能な合成樹脂製品よりも値段が高くなります。

その4

木製品に使われる材料は、欅(けやき)、水目桜(みずめざくら)、栃(とち)、桂(かつら)などの天然木です。木製品のうち、お椀などの丸物は、職人が天然木を一つずつロクロで回しながら削って形をつくります。
なお、天然木は大雑把な形のまま6ヶ月から1年じっくり乾燥させたうえで加工します。箱、盆などの角物(板物)は、板の状態で約1年乾燥させた天然木や漆器用合板などを裁断し、削り込み、組み立てます。木製品は、漆などを塗る工程に入る前に、まずこのような素地づくりが必要になります。
一方、合成樹脂製品は、木や合成樹脂の粉を機械で熱加工してつくられます。最初に素地を形成するための金型を製造する必要がありますが、一度金型ができてしまえばその後は同時に何個もの素地をつくることができます。よって、合成樹脂製品は大量生産すればするほど、素材の単価が安くなるという価格構造になっています。