漆器工房の湿度と気温対策 Vol.157~160

「塗りやすい季節」

産地のある福井では今年11月19日に初雪が降りました。 これから日本海側は湿度が高い本格的な冬を迎え、 一方、東京など太平洋側では同じ冬でも乾燥する季節となります。 冬は同じ日本でも東と西で気候の違いを強く感じます。
漆塗りの仕事は湿度と気温がとても重要な条件となります。 漆の場合「塗りが乾く」とは、熱で水分を飛ばして乾燥することではなく、 空気中の水分と合成して硬化することをさします。 湿度が低いと塗った表面がいつまでたっても柔らかい「なまる」状態が続き、 逆に湿度が高すぎると急激に固まって「ちぢる」という現象が起きて失敗となります。 気温が低く乾燥する冬の東京などは漆塗りの仕事にむかない環境といえます。
冬に湿度が高い産地においても、気温が低いと乾かないためストーブ、エアコン、 除湿機などを駆使して一定の温度と湿度を保ちます。一般的には湿度80%前後、 気温20℃前後が適した条件といわれていますが、毎日、同じ湿度や温度の日が続くわけはなく、 1日を通じても変化をします。塗りの職人に仕事がしやすい季節を聞いてみると、 1日を通して気温と湿度の差が小さい春から夏にかけて(4~5月)と秋(9~10月)といいます。 私たちにとって過ごしやすい季節が漆塗りにも向いているということになります。
20081128

「上塗り職人の工夫」

最後の漆仕上げをする上塗り職人は、「なまる」「ちぢる」といった塗りの失敗を防止するために、 エアコン、ストーブ、加湿機、除湿機などを駆使して温度と湿度をベストに保つように作業環境を整えます。 夏、産地・福井は気温が高く湿度が低い為、エアコンで作業場の気温を下げますが、 エアコンを使いすぎると乾燥しすぎる為、同時に加湿器を使い一定の湿度を保ちます。 また福井の冬は気温が低く湿度が高い為、ストーブで作業場の気温を上げ、 湿度が高くなりすぎる場合は除湿機で調整します。
さらに、「普通の漆」に「乾きの遅い漆」を混ぜるなどして、 環境にあわせて漆を使い分けて微妙な調整をします。工房の環境は、 同じ産地の中でも職人によって微妙に異なるので、マニュアルのようなものはなく、 職人それぞれが自分の経験に基づいて失敗をしないためのベストな環境をつくって塗り作業を行っています。 漆塗りに長年の経験が重要となる理由は、技術面だけでなく、 季節によって異なる温度や湿度にあわせて作業環境をかえていく能力が不可欠になるからです。

<参考コラム>
漆の不思議~湿度が無いと乾かない!? Vol.17~20
漆器産地のギョーカイ用語 Vol.21~27  「漆がなまる」「漆がちぢる」
20081205

「合成塗料を扱う職人の工夫」

漆器づくりでは、天然漆の他に漆の風合いを持たせた「合成塗料」で下地工程や仕上げ塗りを行う場合があります。 合成塗料による作業についても、天然漆とは異なる理由で湿度と温度が重要なポイントになります。
合成塗料はスプレーガンとよばれる機械を使い噴きつけにより塗りますが、 器の形状にあわせて使用する塗料の硬さを変えます。この塗料の硬さはその日の気温や湿度によって変わってしまうため、 ある程度環境を一定に保ちながら、その都度合成する塗料の配合量をかえて対応する必要があります。
また、スプレーガンでの噴きつけは、塗料と空気を取り込み一気に噴出すことで塗る技術(技法)なので、 取り込む空気中の水分量が高いと、塗料に混じる水分が多くなり、結果として塗料に水を混ぜたような状態になります。 塗料と水は基本的には混ざらないので、噴きつけたあとに塗料と水が分離し、 乾燥後まだら模様になり失敗します。特に湿度が高い梅雨時や冬場は難しく、職人は経験や勘をもとに、 除湿機やエアコン、ストーブ、さらには空気を循環させるために扇風機を使って作業環境を調整しています。

<参考コラム>
漆の風合い~合成塗料の話 Vol.141~144
20081212

「木地加工職人の工夫」

漆器の素地となる木の加工にも湿度や気温が関係します。 木地加工の大切なポイントは、加工前に十分に乾燥させて木の中に含まれる水分を減らし、 加工後に含水量が変化して木が変形して反ったり割れたりする(産地では「狂う」といいます)のを防ぐことです。
木地を乾燥させる方法には、天日干しなどによる自然乾燥と、温風をあてる機械乾燥があります。 自然乾燥の場合、1年以上の時間をかけて徐々に木材の中の水分を抜いていきます。含水量が100%なくなる事はありませんが、 水分が自然に少し残ることである程度の湿度、気温の変化にも対応できるようです。 一方、機械乾燥は短期間ですばやく、また水分を残さず乾燥させることができますが、 急激に状態を変化させる過程でひび割れが発生したり、空気中の水分を吸いやすくなって「狂い」が発生する可能性があります。
乾燥させた木地の加工は、気候が安定している夏や冬がよく、 急に暖かい風が吹き始めて気温や湿度が変化する春先が一番難しいといわれます。 木の狂いを完全に防ぐことはできないため、職人は一つ一つの工程(木を切る、削るなど)が終わるたびに、 時間をおいてさらに乾燥させることで木地を意図的に狂わせ、その狂いを微調整しながらまた加工するといった工夫をします。 職人の長年の経験と勘を生かしながら時間をかけてじっくり木地加工することが、 完成後に狂いが生じない丈夫な漆器づくりのポイントになります。
(山本泰三)

<参考コラム>
素地つくり Vol.45~48
20081219